第46回 古本屋で在り続ける〜深谷由布さんの話(8)


 

 深谷由布さんは現在、夫の藤田真人さんと共に『徒然舎』を営んでいる。
 藤田さんは名古屋の古書店『太閤堂書店』の2代目で、多くの在庫を擁する事務所を構え、即売会主体の古書店を運営していた。だが、2014年初夏、事務所に立ち退き要請がきて、短期間で大量の在庫と共に引っ越さなければならなくなる。
 一方の深谷さんは、殿町の店が手狭になってきて新たな物件を探していたところ、夏前に現在の店舗を紹介される。奇跡的かつ運命的なタイミングで話が進み、『太閤堂書店』の在庫が新店舗に運び込まれ、ふたりでひとつの店を営む形ができあがった。2014年10月のことだ。
 
 ふたりで始まった『徒然舎』には、いま社員が3人、アルバイトが6人在籍している。個人経営の古書店でフルタイムで働く社員を抱えているのは、とても珍しい。
 
「美殿町の店になってから、買い取りの依頼も、店で売れる本の数もどんどん増えてきて、ふたりでは手が回らなくなってきました。太閤堂が買い取りに出てしまうと、わたしひとりで店番になり、そこへ店頭買い取りのお客さんがいらっしゃると、他のお客さんをお待たせしてしまう。さらに本が売れていくのに棚に補充する本を準備できない、ということが続いて。アルバイトを採用しよう、となったのは自然な流れでした」
 
 アルバイトを採用したからといって、その人が毎日入ってくれるわけではない。当初は2人採用したが、それでも回らなくなってくる。
 
「たくさんある本を捌ききれなくなって通販を始めてみると、通販用に入力したり、発送するための人が欲しい……というふうに、仕事が増えるたびにアルバイトを採用していきました。でも、それではもう間に合わなくなってくるんですね。それで、社員という形だったら、わたしたちと同じ目線で頑張ってくれるかもしれないって思ったんです。ちゃんと給料を払えるのか、という不安もありましたが」
 
 2019年に初めて採用した社員が、力を尽くしてくれている。それに応えたいと、法人化を考えるようになった。個人事業主の従業員では、社会保険などいろいろ手薄なところがあるためだ。新型コロナウイルスの影響が大きくなってくるなか、2020年6月には、ふたりめの社員を採用した。先の見えないコロナ禍にあって不安はあったが、2021年に法人化する。
 
「夫婦ふたりでやっていると、店で起きた良いことも悪いことも共有できる反面、気持ちが切り替わらないんです。でも自分たちが、今日は疲れたからもういいか……と思っているときに、スタッフが快活に頑張ってくれていたりすると、やっぱりこちらも切り替わって、もうちょっと頑張ろうって思えるんですね。自然とスイッチが入る。元気あるフリをしておこうと思っていたのが、ほんとうに元気がでてくる。とくに社員は、一日の多くの時間を徒然舎に預けて働いてくれているので、店を良い方向にもっていかなきゃという思いが自然に生まれます」
 
 深谷さん自身は、店を会社組織にして社長業をやりたかったわけではない。法人化は成り行き上ではあるが、新たな発見もあった。
 
「スタッフは家族ではないんですが、自分に子どもがいないので、成長を見守っているような気持ちにもなるんです。みんなまだ若いですし、失敗することがあっても段々うまくできるようになっていったり、本の知識がどんどん増えていっていたり、日々変化がある。店の売上げの上がり下がりとは別に、やりがいというか、仕事の面白みが増えました。人を雇うことにストレスやプレッシャーはありますが、自分が、各々に合った仕事をやってもらうことでチームとして良い結果を出していくことを面白いと思えるタイプだったと気づけたのは、良かったと思っています」
 
『徒然舎』のホームページには、“人に誠実、本に誠実な「まちの古本屋」”という文言がある。いわゆる「社是」だ。
 
「ほんとうは、“人に誠実、本に誠実”の後に、“自分に誠実”というのがあるんです。自分がやりたくないことはやらない、ということですね。たとえいま流行っているジャンルの本でも、売りたいと思わなかったら売らない。その代わり他のところで頑張って稼ぐ。せっかくの自分の店なので、やりたくないことをやる必要はないなと思って。自分が置きたい本だけで、お客さんを呼べる店にする、というのがずっと目標でした。いまのところ、やっていけているというのが、いちばん嬉しいことです」
 
 インタビューの最後に、これからやりたいことを聞いた。
 
「目先のことでいえば、もうすこし売上げを良くして、みんなにボーナスを出せるようにしたいです。現状、それなりに恥ずかしくない給料は払えているとは思っているんですが、ボーナスを出せるところまではできていなくて。これは今、第一の目標です。
 あとは、夢のような大金がどーんと入ってくるようなことでもあったら、どこかに支店を持ちたいです。期間限定でもいいので、東京にお店を出せたら楽しいだろうなって夢想することはあります。今はこの岐阜の街だからこその店をやっているので、東京で店をやるのってどんな感じなのか、味わってみたいんです」
 
 生きている限り、古本屋で在り続けようーー深谷さんはブログにそう綴っている。これまで、ひとり覚悟を重ね、共に働く人たちと出会い、行き着いた末の言葉なのだろう。その思いは埋火のように静かに燃え続け、消えることはない。

屋敷直子 Naoko Yashiki

1971年福井県生まれ。2005年よりライター。 著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。