第39回 扉を開けて店に入ってきてもらうために〜深谷由布さんの話(1)


 
 2022年7月1日。東海地方は過去最短で梅雨が明け、この日の岐阜の最高気温は38度。名鉄岐阜駅に降り立つと人影はまばらで、太陽光線が強すぎるのか街全体が白っぽく映る。目指す古書店は駅から徒歩15分ほどだが、暑さのため歩くのを断念しバスに乗車、柳ヶ瀬バス停で下りて店に向かった。
 これから始まるシリーズは、岐阜の古書店『徒然舎』の店主、深谷由布さんの話だ。2009年に古本のネット通販を開業、2年後には殿町(とのまち)に実店舗を構え、現在の美殿町(みとのまち)商店街に移転したのは2014年10月のこと。
 わたしは深谷さんがネット通販を始めたころに書いていたブログをずっと読んでいて、のちにツイッターもフォローし、一方的にお店の変遷を見つめていた。靴を脱いで入る初代店舗から広い店に移転、経営もふたりになり、アルバイトや社員も雇い、昨年法人化したときには、店に行ったこともないのに感極まって感情が暴走し、花を贈ってはご迷惑だろうかと本気で考えた。生来の腰の重さが災いして今に至るが、まずは店に行けと改めて思い、今回の取材となった。深谷さんのこれまでと、これからの話を、聞いてみたかった。
 
 店は角地にあり、青いタイルが印象的なビルの1階で、ガラス張りの店内は明るく、外からも様子が見えるので入りやすい。入って正面の区画は新刊、右手に古本新入荷の本が並ぶラック、奥の青い棚には文庫、それを囲むように絵本・児童書、社会科学、文学、郷土の本の棚。ほか、自然科学、美術、民俗学、音楽、映画と品揃えは幅広い。雑然としたところがなく、どの区画も棚に美しく本が収まっていて、ゆるやかにジャンルがつながっている。内容的に堅い本もやわらかい本も、分け隔てなく並んでいるので、自分の興味を深く掘り下げていくのも楽しい。適度な広さで、お店のスタッフや他のお客さんの気配を感じつつも、自分ひとりの世界に没頭し、落ち着いて本を選ぶことができる。
 つまり、とても居心地が良い空間なのだ。
 
「わたしは個人店に行くのがあんまり得意じゃなくて、その気持ちが表れているのが自分の店なんです。初めてのお店に行くの、すごく苦手なんですよ。隠れ家的な店とか、俺の城的な店には怖くて入れないんです。店主と気が合わなかったらどうしよう、買うものがなかったらどうしようって考えちゃって、ネットですごく調べて、大丈夫そうって思わないと行けない。それくらい個人店が苦手だけど、自分がやってるのは個人店だから、なんとか入りやすい店にしようと考えました。
 店主の居心地や世界観を重視すると、どうしても入りにくい店になるんですよね。だから、自分の店はコンビニみたいな店でありたいと思ってました。なんとなく入って買いたいものがあったら買うし、なかったら出て行く。それくらいラフな感じの店がよかったんです」
 
 店がガラス張りだったのはたまたまだが、中が見えると入りやすいだろうと、窓側を棚で埋めることは極力避けている。入ってすぐのところに新刊を置いているのは、安心材料的なところもある。
 
「わたしが開業したのと夏葉社さんが創業したのは同時期だったこともあってご縁があり、うちで新刊を置いて売ったのは夏葉社さんの本が最初でした。そこから、新刊書店にあまり置いていない本を置くとお客さんが喜んでくれることを知って、いろいろな出版社のものや、リトルプレスを置くようになったんです。定期発行のリトルプレスを目当てに来てくれる方もいらっしゃいました。とくに、こういう個人店の古本屋に初めて来られたのかな、という方は、新刊を買って帰られることが多いですね。新学期とか長期休暇中とか、初来店の雰囲気の方が多い時期は、新刊の売上げが上がります」
 
 帳場の仕様にも、心をくだいている。
 
「前の店のときは、お客さんとこちらの距離感が近かったので、良くも悪くもお客さんの空気に影響を受けることが多かったんです。すごく喜んでくださったことも伝わってくるんですが、何も買うものがなくて帰られたんだなとか、ただの時間つぶしなんだなとわかってがっかりしてしまうこともある。
 そういう一喜一憂に、お客さんもわたしもできるだけ左右されないように、物理的に距離をとろうと思って、いまの店では、レジの前にカウンターがあり、さらにその前に低い本棚を置く、という造りにしました。といっても、隠れるわけではなくて、相談などはしやすいように顔を見せつつ、距離をとるようにしています。なにしろ自分は個人店では緊張してしまって、店主が機嫌悪かったらどうしようってどきどきしたりするので、店主の機嫌を気にせずに、お客さんが気軽に出入りできるといいなって」
 

 
 店の空気感をつくるのと同時に、古書店主の本領として、どうやって本を並べ棚をつくっていくかは日々のだいじな仕事だ。深谷さんはなにより、店に本を並べるのが好き、という。
 
「こう並べると売れるんじゃないかと考えて並べた本が売れていくのを見るのが、なにより好きです。さっきまで売れていなかったのに、ぱぱっと並べ直すと、その本が売れるんです。古本市やイベントに出店したときにも、わたしが触るとその本が売れるのが楽しくて。でもこれは古本屋あるあるとして、よく他の古本屋さんとも話すんですけど、店主に限らず、お客さんが触ると、その本が売れるんですよ」
 
「古本は見つけたときに買え」「いつまでもあると思うな親と古本」などと言われるが、古書店で気になる本を見つけて、次来たときに買おうと思っていても次はない、というのはよくある話だ。人間の手が触れることで、急に光が当たり出すのかもしれない。
 
「店に置ける本の量は決まっているし、見やすく並べたいし、お客さんには全部の本をPRしたい。広くない店ですし、死んでる棚はつくりたくないので、常に棚を触るようにはしています。古本屋にしては本の回転が早いのがうちの店の特徴のような気がしますし、自分で回転させている面もあります。
 あんまり入ってこないジャンルのものは残っていたりするんですけど、基本的には棚に並べて1年経ったらその本は抜くようにしています。値札に日付が入れてあるんです。入荷して、日付を入れた値札を付けたら入口近くの新入荷ワゴンに入れる。そこで数日から1週間経ったら棚に移動、そのタイミングで棚の本を確認して、古い日付のものがあったら抜く、という流れです」
 
 週に何回も来たり、毎日来るようなお客さんは、まずは新入荷ワゴンを見るという。棚の本の並びはジャンルごとに分かれているが、入荷によってはジャンルごと棚を移動することも頻繁にある。するとそこに光が当たる。
 
「わたしはけっこう堅めの本を触るのが好きで、うちの売れ筋でもあるんです。ジャージを着た気軽な感じの方が5000円くらいする哲学書をさっと買って帰られたりするので驚くんですけど、嬉しいですよね」
 
 古書店といえども、新入荷の本は日々変わり、棚も常に動いていく。その新鮮さを保つには、なにより買取や古本市場での仕入れが肝になってくる。岐阜の地で根付く店にするために、数かずの試行錯誤を重ねてきたのだ。

屋敷直子 Naoko Yashiki

1971年福井県生まれ。2005年よりライター。 著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。