第20回 新刊と古書を置く店をつくる〜小国貴司さんの話(1)


『プラテーロとわたし』という本がある。
スペインの詩人ヒメネスが、ロバのプラテーロと過ごした日々を綴る散文詩で、詩人の故郷であるアンダルシア地方の太陽と海と草花がいきいきと描かれ、ふんわりとした灰色の綿毛のプラテーロに語りかけるように物語はすすんでいく。

「きょうの午後の空は、なんて美しいのだろうね、プラテーロ」
「そのチョウを見てごらん、プラテーロ」

詩人が語りかける様子は、プラテーロへの愛おしさであふれていて胸がしめつけられる。描かれるのは日常の出来事だが、豊かな風景描写と相まって世界はあまりに美しく、美しすぎてどこかはかない。

この本を教えてくれたのは、駒込にある『BOOKS青いカバ』の小国貴司さんだ。ある雑誌で書店員さんにおすすめの本をきく取材でうかがったとき、「ずっと売っていきたい大切な本です」と紹介してくれた。小国さんは、ところどころを朗読し、いかにすばらしい本か、というよりプラテーロがいかにかわいいかを力説した。本の良さはもちろん伝わってきたのだが、個人的にはこのときの朗読がなぜか頭から離れず、のちに本を読んだ際に全編が小国さんの声で再生されるほどだった。あの声は、ほんとうに本をだいじに思っている人の声だと思った。

これから始まるシリーズは、この小国貴司さんのお話である。小国さんは、新刊書店の『リブロ』に13年間勤めたのち、2017年1月、駒込に『BOOKS青いカバ』を開店した。
品揃えは古書が多いが、新刊本も置いている。店に入ってすぐの場所には、新刊が並ぶ小さな平台があり、レジ横には新刊・既刊がみっちり詰まった棚が2本。置きたい本を選んで、小規模取次を通して買い切りで仕入れたり、直取引をしている版元から委託で仕入れたりしている。ジャンルは、文芸、海外文学、社会科学、料理、画集などだ。発売して間もない新刊だけでなく、ロングセラーの既刊も交ざっている。

「あまりなじみがない人にとっては、古本屋さんはやっぱり入りづらいという印象をもつので、店に入ってきたときに、ぴかぴかの本があると手に取りやすいんだと思います。古い本たちの重圧感がなんとなく薄らぐ。
でも、新刊を置くのが第一義というわけではなくて、注文をとるスタイルをやりたかったというのが、ほんとうのところです。古本だけを並べていたら、新刊の注文ができますよって言いづらいじゃないですか。新刊も並べておいたら、お客さんがほしい本があったときに、うちの店で注文してみようってなるかもしれない。自分の店を始めるときに、古本の相談もできるし新刊の取り寄せや相談もできるスタイルにしたいというのがあったんです」

『BOOKS青いカバ』の周辺に新刊書店が多くない、という状況もある。古書、新刊にかかわらず、本屋さん自体が減ってきている現状を考えると、古書店と新刊書店、それぞれの長所を生かした融合型の店は、本と本屋さんの底力をいかんなく発揮できるのではないか。

「お客さんから、この本ありますか? って聞かれた場合、古本だと棚に今なければない。0か100の世界です。新刊は電話一本で注文できるから、安く買いたいわけじゃないのであれば取り寄せられる。逆もまたしかりで、新刊で取り寄せてほしいと言われた本が絶版になっていたら、古書の在庫があるかもしれないし、なかったら探したりもできる。
そうした選択肢をお客さんに与えられるのは、本の商売をしている者としてうれしいです。読みたいという気持ちをうまく接続させていくのが新刊書店の役割のひとつだと思うんですが、古本屋でもできることですよね」

古書も新刊も、どちらも置くことに意味がある。どちらも受け入れられるということを、店の品揃えでアナウンスしているのだ。
こうした店の形態を目指したのは、やはり『リブロ』で長く働いていたからだと思う、と小国さんは話す。当時もいまも、本の売り方として「棚から売れてほしい」というのが、変わらない思いだ。

『BOOKS青いカバ』が開店した年の夏、岩波文庫から『プレヴェール詩集』(小笠原豊樹訳)が発売された。小国さんはこの本を100冊入荷し、それを2週間かからず売り切った。岩波書店といえば、委託販売はせず、買い切りで書店と取引することで知られた出版社で、つまり文庫とはいえ100冊分(およそ9万)を前払いしたわけだ。当時、小国さんはツイッターで大量入荷したことを告知し、入口すぐの平台に美しく山と積まれた文庫本の写真をアップした。すると、この快挙(暴挙)を称える本好きたちが押しかけ、2週間あまりで山は崩されていった。詩集は、再入荷した今でも売れ続けているという。

「自分が売りたいと思うのと絶対売れると思うのが、かみ合った本でした。そうそう出てくるものではないです。絶対売れる確信なんて、ふつうの新刊にはもてないですから。でもあれは復刊だったし、リブロにいたときからずっと売りたかった詩人だし、100くらいなら1年かければなんとかなるだろうと思ったんですね。手堅く予想しての100冊なので、とくに自分の努力が実ったというわけではないんです。売る自信があって、100冊仕入れたというインパクトは広告宣伝効果にもなるので、もうやるしかなかった」

とはいえ、このことを自らの勲章にしようとは思っていなくて、積んである本ではなく、棚にささっている1冊が売れることのほうが嬉しい、という。

「もちろん平積みにした本が売れるのはうれしいですよ。でも、毎日毎日、棚が稼働してくれるほうがうれしい。棚の本が売れるようになるお店をつくりたいってずっと思っていました。担当者の技量として、しかけがうまい人ではなくて、ロングセラーをきっちり見極めて棚をつくり、そこにお客さんがつくような人が、能力が高いと思っています。
新刊は毎日、大量の本が入ってくるわけですけど、何を棚に残すのか、何を抜くのか、その取捨選択をきちんと考えられるかなんです。自分の店に来てくれるお客さんは、どんな本を欲しているのか、売れていくものを見て、棚をつくる」

平台の『プレヴェール詩集』の山が崩されていく一方で、考え抜かれた棚から1冊が売れていく。新刊も古書も、その1冊をだいじに思うことに変わりはない。

屋敷直子 Naoko Yashiki

1971年福井県生まれ。2005年よりライター。 著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。