第1回 はじめに

2017年3月に『東京こだわりブックショップ地図』という本を上梓しました。月刊『散歩の達人』に9年半にわたって連載したものをまとめたもので、その連載では毎月、新刊、古書を問わず街の小さな本屋さんを紹介していました。
開店したばかりのお店、2代目が継いでいるお店、取材して掲載したのち、あまり年月を経ずに閉店してしまったお店、それぞれのお店に歴史がありました。
毎月、店主や書店員さんに会いに行って1時間ほどお話を聞き、店内をじっくり拝見し、滞在時間はいつも2時間ほど。心の底から満たされる時間でした。当たり前のことですが、同じ店はふたつとなく、たとえ店主に憧れの店があって、自分の店をそれに近づけようとしていても、店主自身の色は消すことはできないように見えました。
 

 
お店を紹介することは、そこで働く人の言葉を伝えることだと思っています。
 
——取材していて感じるのは、書店で働く人は、いつも迷っているということだ。(中略)悩みはつきることがない。この試行錯誤に、わたしはいつも心を動かされる。そして、その試行錯誤の数々を、しつこく文字にしてきたいと思った。——
 
本のまえがきに、このように書きました。
いわゆる書店紹介をテーマにした書籍や、雑誌の特集が量産されるなか、自分の寄って立つ先はここにあるように思ったからです。とはいえ、この目標を本で達成できたとは思えないし、そもそも読む人はおもしろいのか、さらには書店員さんは「書店紹介の記事」についてどう思っているのか……。
本を出してからというもの、こうした疑問と焦燥がぐるぐると渦巻きました。
 
本屋さんは楽しい! だからもっと本屋さんへ行こう! という意見に異論を唱える人は少ないと思います。わたしの本に限らず、世の書店紹介はほとんどがこの論調です。そうした本や雑誌が、実際に本屋さんで売られているわけです。
量産されるということは、まるで売れないわけではないようだけれど、実際はこうした本を出版する側と、読む側と、売る本屋さん側では、思うところは違うのではないか。こうした一時的なブームとは何も関係なく、変わらず日々の営業を続けているお店は、むしろ苛立ちさえ感じているのではないか。
もしそうであるならば、「本屋さんを紹介する」って、どうしたらいいんだろう。
 
この迷路からは、まだ抜け出せていません。
でもやはり「書店で働く人の言葉」を聞くことからはじめたいと思いました。
じっくりと、長い時間をかけて、その人の生い立ちまでさかのぼって話を聞く。
いわゆる「本屋さんの話」にはならないかもしれない。
でもきっと「本屋さんてなんだろう?」と考えるきっかけになる。
そんな試行錯誤を、しつこくたどる連載をはじめます。

屋敷直子 Naoko Yashiki

1971年福井県生まれ。2005年よりライター。 著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。