第66回 古本を売るという仕事 〜加賀谷敦さんの話(9)

 2018年秋、加賀谷敦さんは物件を探し始める。

「自分のなかでは、函館の立ち飲みの記憶が色濃くあったので、カウンターがある古本屋をやりたいというのが、ぼんやりありました。六本木のコワーキングスペースで夜勤の後、眠い目をこすりながら大森に来て探したり、大田区役所で空き家を貸してもらうことはできないか相談したりしたんですけど見つからなくて。でも11月にたまたま入った不動産屋さんで、こちらの出した条件に合うところがひとつだけあるって言われて、それがこの場所です」

 

 内見したとき、ここだと思ったという。駅からすこし遠いのが気にはなったが、迷いはなかった。内装業者さんに念願のカウンターをつけてもらい、自分でも内装作業をしているとき、この場所が以前も古本屋だったことを知って縁を感じた。

 2019年9月、あんず文庫は開店する。

 

「前も古本屋だったおかげもあったのか、開店したら、けっこう買い取りの依頼があったんです。当初から、馬込文士村という文化があった場所でやりたかった、室生犀星が好きという話をしていたので、近代文学に興味がある方がいらっしゃったり、本を持ち込んでくれて、小説と詩集が店の柱になっていきました」

 

 ご近所さんからは、文学だけでなく、むかしの洋雑誌や映画の本など、開店時には揃わなかった本の買い取りもあって、棚が豊かになっていった。だが一方で、予想しなかった事態に直面する。

 

「カウンターで酒を出していたので、飲み屋みたいになっちゃったんですね。当時はまだ本も少なくてジャンルに偏りがありましたし、きっと本屋としての魅力がなかったんだと思います。とにかく飲みに、という方たちが集まってきて、カウンターだけでなく奥のテーブルを立ち席のようにもして10人くらいがわいわいやる日が続くこともあった気がします。それはそれで嬉しかったのですが、本が売れない一方で酒だけがどんどん出て、それでなんとか成り立ってる状態があまりに続くと、さすがにちょっと…。もちろん飲まれる方も大事なお客さんですし、そのおかげで店を開けられていたので感謝しているんですが、本が待ち構える前でひたすら酒を作っていたので、こんなつもりじゃなかったんだけどなって気持ちがなかったと言えば嘘になります。飲み屋と認識されてしまうと本はますます売れなくなるし、かといってカウンターを取るとうちではなくなってしまうし。この状況はどうしようと悩みはじめて。来てくれるお客さんにはもちろん何も言えず、誰にも言えないことがつらかった」

 

 だがここでコロナ禍がやってくる。2020年2月以降、未知のウイルスに対して為す術なく、学校が休校になり、飲食店をはじめさまざまな業種の店舗が閉じられ、先が読めない状態が続いた。

 

「うちも2カ月くらい店を閉じたんですが、その直前にカウンターの営業を止めたんです。すると、いつもは飲みに来るのがほとんどだった方まで本を買いに来てくれて。すこしでもうちにお金を落とそうという思いで来てくださったんだろうなあと、たまらなくなりました。それで、閉じていた間は当初まったくやるつもりがなかったオンラインショップを始めたんです。そうでもしないと、せっかく店を始めたのに早々に潰れる、1日でも早くはじめなきゃと思って。ツイッターでお知らせしたら、みなさんめちゃくちゃ買ってくれて泣きそうになりました。ほんとうにうれしかった」

 

 書影を撮影し、書誌情報を入力し、ひたすらオンラインショップのデータ入力を続けた日々を経て店を再開すると、カウンターで聞こえる声が変わっていった。

 

「コロナの影響もあったのか、わいわい飲みにいらっしゃる方が少なくなって、カウンターでしっぽり飲まれたり、コーヒーを飲まれる姿が増えました。だんだんと本屋として認知されるようになってきたのか、買い取りも増え、店が取材された記事が出ると新たなお客さんもいらしてくださるようになって。一年目のことを思うとちょっと複雑な気持ちですが、ようやく古本屋らしくなっていったと言えるかもしれません」

 

 客層だけでなく、品揃えの幅も広がっていった。

 

「最初は文学を縦軸にしていたんですが、横軸の方にも広げていきたいと思うようになりました。絵本の買い取りがあると、小さい子どもたちも来てくれるようになったりして。カウンターではコーヒーを飲む人が増えたし、コロナを経て、いろいろ間口が広がった気がします」

 

 加賀谷さんは、店のツイッターで開店・閉店のお知らせに加えて、その日にちなんだ本を紹介している。「録音文化の日」には音にまつわる本、「いい石の日」には博物学の本や石をうたった詩集、作家や詩人の命日には、その作品を取り上げる。古本は決して古びた本ではなく、今につながる知と記憶の宝庫であると気づく。

 

「開店当初から、開けます・閉めますのツイートは続けていて、そのときに思っていたこととかを書いていたんですけど、自分のことじゃなくて本を売るのが第一だと思い直して、あるときから現在の形になりました。作家が生まれた日ではなく亡くなった日にしているのは思いがあります。古本を扱っていると、もちろんご存命の方の本もありますけど、過去の人の本も多い。亡くなった日に、もう一度その人の作品を思い出せたらという気持ちからです。忘れられてしまうと、ほんとうにそこで人はいなくなってしまう気がするので」

 

 本に値段をつけるのは、すごく難しい仕事だと思う、と加賀谷さんは話す。

 

「商売はすべてそうだと思うんですが、とくに値付けって、ほんとうにリアリズムだなと年々思うようになりました。自分にとっては1500円の価値がある本だけど、500円で出さないと動かないなとか。その逆もあって、あまり普段自分では手に取らないかもという本が貴重なタイトルということもある。お客さんからの持ち込みで、本への思いを語られる方もいらして、ごめんなさい…この値段でって言うのは、5年やっててもまだ慣れない。お気持ちはわかるんですけど、この本はこれ以上つけられないんです、なんて言うのは人としてどうなんだって思う一方で、そこで丸め込むような上手いこと言うのもなんか違う。その折衝がいちばん難しいです」

 

 帳場の上には、『室生犀星全集』がある。加賀谷さんの話を聞いた後に見ると、ただならぬ存在感だ。

 

「犀星全集は私物です。室生犀星の本は買い取るけど、出すのはちょっと渋ってしまいますね。在庫置場では増えていく一方なんですが、どうにも売りづらくて。特別なときにこっそり出すかもしれません」

 

 本には、買ったときや読んだとき、読み返したときの思い出が含まれている。しんどい時期を共にした本を手放すということは、どういうことなのか、加賀谷さんはよく考える。1冊1冊の声を聞いて、次の持ち主に手渡していくことが、日々の仕事だ。

 

 

屋敷直子 Naoko Yashiki

1971年福井県生まれ。2005年よりライター。 著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。