2023年3月31日、早稲田の書店『NENOi』が閉店した。
店主の根井啓(ねのい・あきら)さんとは、mixiがさかんだったころに、ご近所コミュニティで知り合った。いまから20年ほど前のことだ。その後、互いに引っ越して疎遠になっていたが、書店を開いたことは風の噂で知り、数度訪れていた。
閉店当日に立ち寄って残り少なくなった古本の棚から2冊購入し、これからのことを聞いてみると、家族3人で日本を離れるという。それならばいま、話を聞いておきたいと思った。知り合ったのは20年前だが、じつのところ互いのことをほとんど知らない。
閉店から3週間後、本がなくなった元書店の空間で話を聞いた。
『NENOi』が開店したのは、2017年10月27日。早稲田大学や穴八幡にほど近い、早稲田通り沿いの1階だ。
「店を開く前、早稲田に住んでいました。それまでは大学しかないところと思っていたけど、穴八幡や戸山公園など、いろいろな顔がある。大学が近くにあって、大学生と接するのは良い刺激をもらえそうだなとも思ったんですね」
店には新刊と古書を置き、コーヒーも出して、ときどきイベントを開催していた。新刊は根井さんが選んだラインナップで、社会をよく知るための本が多かった。
「本を選ぶというより、いわゆるヘイト本やエセ科学の本は置かないでおこう、とは思っていました。なるべく幅広いジャンルを揃えるようにはしていました」
新刊のなかで長く置いていた本がある。『文体練習』(レーモン・クノー著/朝比奈弘治訳)(朝日出版社)だ。
「大学のころに読んで、すごくおもしろかったんです。バスの中で起こった出来事を、99通りに表現していて、文体が違ったり、図形になったりするんですね。デザインも凝っていて、文字組や色が使い分けられてる。ラーメンズの小林賢太郎さんがおもしろいって言ってたのがきっかけで読んでみたんです。この本は売れたら補充して、ずっと置いていました」
ほかには、『えいやっ!と飛び出すあの一瞬を愛してる』(小山田咲子)(海鳥社)。
「小山田さんは早稲田大学の学生だった人で、卒業旅行でアルゼンチンを旅行中に、同乗していた車の事故で亡くなってしまうんです。ブログをまとめた本なんですが、文章がとても良くて。若者らしい瑞々しさもあれば、思慮深くもある。早稲田にこういう人がいたんだよって伝えたくて置いてました。開店3年目くらいからだったと思います」
根井さんが店を始めたのは、人と人をつなぐ場をつくりたいと思ったからだった。
「その場にいた人がつながって何か新しいものが生まれたら楽しいな、という思いがありました。コロナ前までは、詩の朗読、角打ち、ランニングなど、月に一回くらいのペースでイベントをやっていたんです。おなじみの人が集ってもいいし、そこに新しい人が入ってもいいし、コミュニティがゆっくり育っていけばいいかなと」
だが、2020年からはコロナ禍がはじまり、イベントどころではなくなってくる。そもそも店を閉じなくてはならない状況におちいった。
「コロナになって保育園が閉まると、子どもをひとりにしておけないから店を閉めました。その間、売上げは立たない。通販をやったりしましたが、本を売りたいというより、場をつくりたくてやってるのでモヤモヤが残りました。なんか違うなって」
開店時は自己資金でまかない、借金もなくやってきて、コロナ禍のときには新宿区の融資も受けた。
「コロナの中で売上げが伸びたこともあったんですけど、昨年はがくんと下がりました。店の経営としては、それまでも売上げは全然でしたから、もう無理だなと。あとは、妻の仕事の関係でオランダに行くことになったというのが、閉店のおもな理由です」
本がなくなった店内は吸収するものがないからか、妙に声が響く。
「後悔はないけど、もうすこしイベントができたら楽しかったなとは思いますね。あれこれやり過ぎちゃうと、家庭に負担がかかるのでそこは難しい。いまは店に本がなくなって、こんなに広かったんだって思います」