第44回 いくつもの荒波を越えて〜深谷由布さんの話(6)


 
 深谷由布さんが岐阜の出版社を辞めたのは、33歳のときだった。
 退社時に「古本を売る」という思いを表明したものの、いざ辞めると腑抜けのようになり、失業保険の手続きに通いながら無気力な日々を送る。
 
「当時、同じ職場だった男性と結婚していたんですが、わたしとしては相当な決意をして会社を辞めたんですけど、その思いをあんまりわかってもらえなくて。一方で、まわりの同世代が結婚、出産していくなかで、子どもがいないことにずっと引け目を感じていました。仕事を辞めて、子育てしているわけでもなく、何もしていない、社会の役に立っていないという罪悪感や無能感に押しつぶされそうになっていました」
 
 手を差し伸べたのは深谷さんの両親だった。
 
「マイルが貯まったから一緒にパリ行かない? って誘ってくれたんです。今思えば、離れて暮らす両親なりの、わたしを誘い出す口実だったのだと思います。わたしは飛行機が怖かったんですけど、もう破れかぶれの気持ちだったんで、11時間のフライトでもなんでもいいから行く! って。時間軸も文化も、何もかもが違う場所に行ったことがリフレッシュになりました」
 
 パリは夏のバカンス期間で多くの店が休みだったが、洒落た本屋さんのファサードの写真を撮っているうちに、こういうお店をやれたら楽しいだろうなあと思っている自分に気づく。
 
「気づいたことが嬉しかったんですよね。鬱屈した毎日の中で忘れかけていた、上司に『古本を売ります』って啖呵切って辞めたこと、せどりしてアマゾンのマーケットプレイスで売っていたことを思い出して、オンライン古書店ならできるかもしれないと思い始めました」
 
 覆い隠されていた深谷さんの次の道に光が当たり始める。帰国後、さっそくオンライン古本屋開業講座に申し込んだ。
 
「対人関係が嫌になって前職を辞めているので、人が怖い気持ちがあって、実店舗は考えませんでした。古本検索サイトの『スーパー源氏』が主催するオンライン古本屋開業講座に行ったのが、古本屋になろうと動き出した日です」
 
 こうして、会社員を辞めて1年後、2009年3月にオンライン古書店「徒然舎」を開業。すこし前からブログも始めていて、実店舗をもつ古本屋界隈にも知られるようになっていく。そのつながりで、名古屋で開催される一箱古本市に誘われた。
 
「ブックマークナゴヤというブックイベントで開催された一箱古本市に初めて参加しました。このときに、ゲストで来られていた山本善行さんや荻原魚雷さんといった書物雑誌『sumus(スムース)』のメンバーをはじめ、古本界隈の方たちと知り合うんですが、今まで会ったことがないタイプの人たちだったんですね。こんなに楽しそうに生きている人たちがいる、自分は世の中のことをぜんぜん知らなかったって思ったし、対面販売の楽しさも知りました」
 
 それからは、愛知・犬山、宮城・仙台、長野・小布施など各地のイベントに積極的に参加し、知り合いが増えていく。ちょうど一箱古本市が全国に広がりつつある時期でもあった。東京・雑司が谷の古書店「古書往来座」での「外市」に参加したことで、わめぞ(早稲田・目白・雑司が谷で本に関する仕事をしている人たちのグループ)のメンバーとも交流が始まる。
 一時期、オンラインショップを休止して古書店業を辞めかけ、新刊書店でアルバイトをしたこともあったが、岐阜の古書組合に入ることで活路を開いた。そして2011年4月、岐阜市殿町に実店舗をオープンする。
 
「当時、岐阜に知り合いはいなかったんですが、わめぞの方たちや、イベントで知り合った方たちが、ブログを通じてネット越しに応援してくれました。新刊書店のアルバイトで、書店の接客やレジの使い方などを教えてもらったのも役立ちました。頑張れるかもしれない、と」
 
 殿町の店は、民家を事務所にリフォームした8坪ほどの物件だった。借りたのは1月で、自分ですこしずつ改装しながら半年後くらいに開店する心づもりでいた。だが3月11日に東日本大震災が発生。深谷さんは店にいて揺れは感じなかったが、ネットでは被害状況が刻一刻と更新されていく。未曾有の災害であることは明らかだった。
 
「一週間くらいは気力がわかずに、家で廃人のようになっていました。でも、東京に住む知り合いに『こちらは暗いニュースばかりで、徒然舎さんがお店を開けることだけが明るいニュースなので、頑張ってください』と言われて、ハッとして。そんなふうに思ってもらえるなら頑張らなくては、と。そこから急ピッチで準備を進めて、とりあえず3月下旬くらいにプレオープンしました。棚もないし、本も少ないし、店内で一箱古本市を開催しているみたいな感じで、とても店とはいえないような店でした。それでも、テレビで震災のニュースを観てるのがしんどい人は来てくださいってSNSでアナウンスしたら、ちょこちょこお客さんが来てくれるようになったんです」
 
 だが、震災の影響で物流が滞っていたためレジが届かなかったり、本棚をつくる予定だったベニヤが仮設住宅に使われて入手できなかったりした。
 
「ツイッターで、本棚貸してくださいと言ったら、見知らぬ人から返信があって貸してくれたんです。柳ヶ瀬商店街の古道具屋さんが、本棚として使えるならと食器棚を貸してくれたりもしました。そうやってあり合わせのもので店っぽい感じにして、4月20日にオープンしたんです。誰かにとってちょっとでも明るいニュースになればいいなと思って」
 
 今でも、東日本大震災から何年、と聞くと、自店の開店と重ねてしまう。
 
「1995年1月と2011年3月の大震災は、自分の深いところに残っている気がします」

屋敷直子 Naoko Yashiki

1971年福井県生まれ。2005年よりライター。 著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。