第42回 1995年、京都 〜深谷由布さんの話(4)


 
 深谷由布さんは、1994年、生まれ育った知多半島を出て、京都での大学生活をはじめた。だがいざ大学に入ってみると、とくにやりたいことが思い浮かばなかった。
 
「合格したときがピークで、もう何もやりたいことがなかったんですね。国文学専攻でしたが文学を研究したかったわけでもなく、サークルにも入らず、あまり学校にも行かず、一人暮らしをぼんやり堪能する日々でした。校舎の近くのアパートに住んでいたんですが、本屋さんはもちろん、周囲に何もなかったんです。だからやることもなくて引きこもっている状態でした」
 
 忘れがたい経験をしたのは、1年生が終わる冬。1995年1月17日、阪神・淡路大震災だ。
 
「部屋は1階で、めちゃめちゃ揺れました。直前にふと目が覚めてトイレに行って、なんでこんな時間に目が覚めたんだろうって、ぼーっとしていたら揺れはじめたんです。ベッドの上で飛び上がるくらいの揺れ。慌ててテレビつけたら真っ黒で。テレビ局が停電してたから音声しかなくて、ものすごく怖くなりました。親に電話すると起きていて、気をつけてねって言って切ったのを最後に電話がつながらなくなっちゃって……もう怖くて怖くて」
 
 ちょうどテスト期間だったこともあり、大学に行ってみたものの、テストは中止。みんなひとりでいるのは怖いから、明日また会う約束をしたり、友達の家に集まって過ごしたりした。
 
「当時、死亡者数がカウントされていたんですね。関西のテレビ局はずっとその数を放送していて、学校に行って帰ってくると死者がすごい増えてる。外ではずっと救急車やヘリコプターの音が響いていて、耳を塞いでも聞こえてくる。震度3くらいの余震が続いていて、ちょっと酔ってるみたいな感じになる。そんなことが続いて、もうノイローゼになりそうでした」
 
 自宅のアパートや、大学の校舎に被害はなかったものの、これまで経験したことがない規模の大震災に遭って、深谷さんはじわじわと不安に苛まれていった。
 
「兵庫方面から通っていた子は水道が止まっているから、学校の近くのコンビニで買った水をリュックに詰めて背負って帰ったりしていたんです。そういう姿を見ているので、水やお茶、トイレットペーパーは、買い占めないで必要な分だけ買うようにしていました。自分は生活に困るようなことはなかったんですけど、電話がぜんぜん通じなくて、親に電話できなかったのが、いちばんつらかったですね」
 
 大学時代、引きこもっていたとはいえ、だからこそ続けていたことがある。新聞の文学関係の記事を切り取ってスクラップすることだ。1995年3月20日に東京で地下鉄サリン事件が起こると、オウム関係の記事も集めるようになった。
 
「情報が好きなので、文学関係とオウム関係のスクラップ帳をひたすらつくっていました。Windows95が発売になると初めてパソコンを買って、スクラップ帳をデータベース化したホームページをつくりはじめるんです。なにせ暇ですから。そのころ、新聞社のサイトはあるんですが記事は転載禁止なので、個人でサイトをつくりたい旨を問い合わせても、黙認だったり無視されたりして。新聞を毎日切り抜いて、週一で友人が泊まりに来て一緒に入力していました」
 
 文学賞の受賞情報、直筆原稿の発見、文学碑の除幕式、作家の死没など、文学関係のニュースを集めたサイトだった。サイト名は「文學のためにできること」。やり続けていたら、某大学の先生が見つけて、とても有益なサイトだから紹介したい、と連絡がきて、日本文学の学術雑誌である『国文学 解釈と鑑賞』に掲載されたという。
 
「有益なことをしたい、と思っていました。わたしのなかでは、自分が本を読んで、研究をしているというのが、とくに何かの役に立っているという実感がなかったんです。自分では記事をスクラップすることがおもしろかったので、誰かがこれをもっと役立ててくれるんじゃないか、と。授業中も、この時間をお金に換えたいと思っていました。あんまり勉強に向いていなかったってことですね」
 
 在学中に教員免許と司書資格を取得したが、ほかは不真面目だった、と深谷さんは話す。だが最近、思わぬ邂逅があった。
 
「当時、所属していた研究会の先輩が、現在、同志社の教授になっているんですが、最近うちの店の通販で本を買ってくれたんです。わたしが店主とは知らずに。そのときにメールでやりとりして、『古本屋になって、文学のためにできること、やってるんだね』と言われて、自分では忘れていたんですけど、そう言われればそうだなって。大学時代、真面目に勉強してなかったんですけど、いま間接的に、文学を研究されている人の役に立てているのなら嬉しいなあって思いました」

屋敷直子 Naoko Yashiki

1971年福井県生まれ。2005年よりライター。 著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。