第29回 「辺境」を表現する〜伊藤幸太さんの話(2)

西荻窪の古書店「忘日舎」は、幅広くさまざまなジャンルの本を置く店ではない。棚に並ぶのは歴史・文学・人文が中心でありながら、韓国文学、詩集、差別問題など、店主の伊藤幸太さんの“意志”を感じる本が目に付く。それらは一般的には売れ筋とはいえないが、著者や出版社の切実さが伝わってくる。世の中のメインストリームではないかもしれないけれど忘れてはならない問題で、目をそむけずに向き合ってほしい。そうした静かな熱を帯びた本たちだ。
2015年に開店したときに伊藤さんは、自分の店で「辺境」を表現していきたいと話してくれた。「辺境」とは、具体的にどんな分野のことなのか。ハンセン病や在日朝鮮人など、忘れられがちな歴史、地域、社会問題などを扱ったもの、とわたしは勝手に解釈している。店を訪れるたびに、少しずつではあるが、そうした本が増えていっているように思えたからだ。伊藤さんの意志で、選んで置かれているように見えた。
どんな思いで、本を選んでいるのだろう。

「開店当初の本の並びより、より周縁化してきているかもしれないです。どうしてこういう本を置いているのかというのは……自分の幼少期、出自の話になってくるんですが」

ひと呼吸おいてから、話を続ける。

「わたしの父母と、両方の祖父母は、朝鮮からの引揚者なんですね。もっというと植民者です。父が半島のどこから戻ってきたかはわかりませんが、母は元山というところから38度線を越えて日本へ戻ってきました。父は1945年、母は1946年、彼らが10歳くらいのときのことです。わたしは小学生のころから両親が引揚者だっていうことは聞かされて知っていたんですけど、同級生と親の話をすることはありませんでした。
でも社会に出るようになると、なんかちょっとおかしいぞって思うようになるわけです。わたしはたまたま日本国籍をもっている日本人だけど、在日の人たちは通り名を使っていて、ほんとうの名前は違うということを聞くようになる。差別などで苦しい思いをして生きている人たちを何人も知ることになって、どうしてそういうことが起きているのかを知りたくなった。自分がまったく勉強していないことに気づきました」

伊藤さんは一度就職したのち、2002年にアメリカに渡り、ニューヨークのコミュニティカレッジに2年半ほど通う。そこで痛感したのは、自分がマイノリティだということだ。

「アメリカからみたら、日本なんてまっったくといっていいほど相手にされていないっていうことが、ほんとうによくわかりました。日本に住んでいると、アメリカと日本は対等のように思うかもしれないんですが、まったく違います。新聞には日本の記事なんてめったに載っていません。これには相当ショックを受けました。
ニューヨークに憧れていたというか、アメリカのなかでもちょっと独立したところがあるような気がしていたんですね。それで会社で働いて貯めたお金を全部使って渡米しました。いざ行ってみたら、ものすごい金持ちがいる一方で、ものすごい貧乏な人たちがいる。わたしは当然、貧乏な地域で暮らしていました。中国系の華僑のおばあちゃんが大家のアパートを借りて、隣りはメキシコ人がやっているピザ店、その隣りが韓国系のクリーニング屋さん、角を曲がるとバングラデシュ系のスーパーマーケット、というところです。全員マイノリティで、なんとか頑張って生きている」

激しい格差社会を目の当たりにした一方で、図書館や書店の充実に刺激を受けた。

「映画にもなったニューヨーク公共図書館は、“公共”といっても民間に委託しているんですが、とても充実しているんです。無料でパソコン教室があったり、美術館と連携していたり、ミニシアターがあったり。ミニシアターの料金は、ドネーションといっていくらでもいい。お金がなかったら、1ドル札だけ入れて、1日中映画を観ることができました。書店もたくさんあって、読書会や勉強会が開かれている。文化が砦になっているというか、お金がなくても学ぶことができて、お互いに違いがあるなかでコミュニティをつくっているのがいいなあって思ったんです。この街に身を置いたことが、いまの店につながっているかもしれないな、とは思います」

自らの出自と、アメリカでの体験が、伊藤さんを支える太い骨となっている。このふたつの話を一気に聞いて、こちらから質問を差し挟む余裕もなく、重いパンチをただ受けるような心持ちで聞いた。聞き終わって店内を見わたすと、1冊の本の重みがそれまでとは違うように感じる。

「わたしのルーツのひとつである朝鮮というキーワードは、日本の社会ではなんとなく会話のテーマとするのがはばかられるようなところがあると思います。わたしにそういう部分がまったくないとは言えない。内緒で、こそこそと小さな声で話さなきゃいけないような“何か”がある。かといって、大声で話したら何かが届くのか、といえば必ずしもそうではない。在日の人や、ハンセン病の人が書いた詩を読む読書会を開催していますが、地道に、とても地味に、こういうことをやってみます、という感じなんですよね。
ファミリールーツを追いながら、自分がもっとよく知りたいと思うことを本に教えてもらいながら、お客さんと一緒に楽しんでいきたいというのが、この店でやろうとしていることなんだと思います」

「辺境」を表現する、というのはかなりの難業だ。でも伊藤さんは、小さな一歩を踏み出し続けている。こつこつと、着実に。

屋敷直子 Naoko Yashiki

1971年福井県生まれ。2005年よりライター。 著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。