いま、徳永直良さんは、かなり頻繁にブックオフに通っている。買うのはもっぱら108円の文庫本だ。
「2016年2月に友朋堂が閉店して、7月から『ポリテクセンター茨城』に通うようになりました。その近くにブックオフが2軒あるんですね。平日ポリテクに行って、土日は休みで、その合間に履歴書を送ったり就職活動はするんですが、まあ比較的時間があるんです。それで行き始めて。当初は理工書や資格書、ビルメンテナンス関連の本を買っていたんですが、今は108円の文庫がほとんどです」
ブックオフに通うようになったのは、書店員を辞めてからだという。
「ひとり暮らしのときは、入ってくるお金は本と食べものとパソコン関連に使っていました。自分が働いている本屋さんに払い戻しているようなものです。
でも、2000年に結婚してからはそうもいかなくなって……そうなるのはたぶん自分だけじゃないと思いますけど。基本的には、子どもと一緒に図書館に行って自分も借りて読む、もしくはゲオでレンタルするようになりました。自分の仕事の目的が“本を買ってもらう”ことなのに、自分のライフスタイルは“本を買う”ことができなくなっているわけだから、すごい矛盾です。自分がやっていることは、自分の仕事の首を絞めてる。そういう自身への裏切りの気持ちがありました。書店員を辞めて、そのカセが外れたのかな、いまブックオフで本を買っているのは」
徳永さんはブックオフで買った本を、ツイッターで「#購入本覚え」のハッシュタグを付けて、表紙の画像と書名・著者名・出版社名を投稿している。一度に20〜30冊、平均して3〜4日おきだ。買う本は、小説、SF、ミステリ、実用、ノンフィクション、エッセイなど、国内外、発行年の新旧問わず、とにかく幅広いジャンルを網羅している。この作家が好きなんだなとか、この分野に思い入れがあるんだな、といった憶測がまるで成り立たない。個人の蔵書というよりは、古本屋さんのようなラインナップだ。
「まあ、古本屋さんをやりたいから買っているというのがありますが……でもわかりません。小心者なんですよ。この買った本をどうするんだろって思いながら、先が見えないまま在庫が増えている感じ……です。インプットだけしてアウトプットはどうするのよって奥さんに言われています。商品にならないような状態が悪いものは買わないし、将来、副業になればいいなと思いながらやってはいるけど、踏み出せていないというか、怖がっているというか……」
一方で、背中を押されたできごともあった。
2016年7月、閉店した友朋堂吾妻店の店内で一箱古本市が開催された。このときに徳永さんは出店し、1冊1冊におすすめポイントを書いた。このときからブックオフで文庫を集めていたので、とくに好きな妹尾河童さんの文庫本に力を入れ、全体では出品した8割ほどを売り上げたという。
「このときの売れた楽しさがなかったら、108円文庫を買うのを続けていないかもしれません。ちょっと夢をみちゃった状態が続いていて、とりあえず弾数(たまかず)を増やしておこうと」
電子書籍ではなく、現物の本を集めていることにも理由がないわけではない。
「たとえば、解説は誰が書いているか、謝辞や出版の経緯といったことは、ネットではなかなかわからないですよね。電子書籍になったとき、帯はないし、あとがきは入っていても解説が入らないということもあります。紙の本がそのまま残るわけではないので、本としての総体みたいなものは電子化されていないんです。だから元本、現物があることには、やはり意味がある。その意味がお金になるかどうかはわからないけど、新刊書店で本を触ってきた者からすると、電子と現物は違う。それが集めている理由のひとつでもあります。
単行本と文庫でも、単行本に値がつくのはわかりますが、文庫化された後のほうが、書き直しがあったり、解説が増えたり、文庫なりの良さがありますね」
ブックオフで文庫を買っていることを、「落ち穂拾いをしている」と徳永さんは言う。
「このまま自分個人の在庫になって歳をとったときに読むのか、奥さんに怒られながらブックオフに売りに行くのか。自己満足で終わるかもしれないし、そうなるかもなと思いながら買っています。古本屋さんをやるのかやらないのか、やるならどんな形でやるのかは……ちょっといまとりあえず逃げてます」
この取材は、2回に分けて違う日に、お話を聞いた。1回目に、鉄道に興味があるという話をすこししたら、2回目のときに徳永さんは本を1冊、持ってきてくれた。『線路工手の唄が聞えた』(橋本克彦・著/文春文庫)。
線路工手とは、レールを安定させるために道床(枕木を支える砂利や砕石)の調整をする人のことで、4人一組での作業になるため、互いの呼吸を合わせる目的で唄があった。これを「道床つき固め音頭」といい、時代や土地柄によって、さまざまな節回しがあったという。日本に鉄道が開通した明治初期から昭和30年代ごろまでの話で、当時の社会情勢や路線事情などが詳細につづられていて、かなりマニアックで読み応えがあるノンフィクションだった。
言うまでもないが、徳永さんの108円文庫コレクションの中の一冊である。初対面で数時間話しただけで、こんなに自分の興味ジャストの本を選んでくれた眼力にひれ伏すしかない。たとえ職業が変わっても、徳永さんはたぶん、死ぬまで書店員なのだ。