第9回 本屋さんの最終形とは〜海東正晴さんの話(4)〜


 
 蔵書家であり、書店員でもある海東さんでも、本を読むことから遠ざかった時期があった。
 
「自分が仕事にのめり込んでいるとき、『本を読む』より、『本をすすめる』ほうが楽しい時期がありました。ほんとうは両立しなくちゃいけないことだし、今なら読んでいない本をすすめてどうするんだと思うんですが。書店員をやっていると、目次やカバー、帯を見て、ぱらぱらとページをめくると中身がだいたいわかる力がついてくるんですね。これは僕だけでなく、多くの書店員がそうだと思います。
 そうした比較的浅いところの本の知識を元にしてポップをつくったりするのではなく、自分が最後まで読みこんだものを、ほんとうに良かったという気持ちをあらわしたすすめ方をしたい。最近はそう思っています」。
 
 本は、それがないと生きていけないというものではない。相当な読書家で活字中毒を自認する人は「本がなかったら生きていけない」と言うが、それは個人の嗜好であって、一般的には読書はあくまで娯楽である。だからこそ、書店員さんたちは日々奮闘している。生活必需品ではないけれど、本を買ってほしい。
 
「読書のいちばんの醍醐味は、自分が知らない世界を体験できることだと思うんです。その楽しさにすこしでも気づいてもらうために、どんなことができるのか、それを考えるのが僕たちの仕事ですね。本屋さんに来たお客さんは、何かしらのきっかけがあれば本を買っていただける人だと思っているので」。
 
 本に興味がなく、読む習慣もない人に対してのアプローチを考えていますか? と聞くと、「それは無理だと思います」と海東さんは断言した。「人口の半分は、ほとんど本を読まないと思っています。だからそこに力は使いません」。
 そのぶん、お店に来てくれたお客さんには全力でアプローチする。
 

  
 まず、平台に並ぶ本に付けられたポップの文字数が多い。小さな文字でびっしりと、いろいろな形の紙に書かれている。紙の色と、マジックの色が読みやすい組み合わせで、文字もとてもていねいだ。じっくり読みこんだ結果、ものすごくおもしろかったことが伝わってくる。
 文庫の棚の側面には、番号が書かれたカードフォルダがかかっている。「文庫との新しい出会い、いかがでしょうか?」とあり、思い浮かんだ番号のカードを取り出すと、裏に1冊の文庫本の書名と短い紹介文、置いてある棚の番号が書かれている。自分で選ぶのではない、偶然の出会いを演出するツールだ。いつもとは違うジャンルの本が読みたいときのきっかけになるだろう。
 文芸単行本の新刊棚は、書名の50音順に並んでいる。新刊を買いに来るお客さんが記憶しているのは書名なのではという考えからだ。既刊は作家順になっていて、在庫が複数冊ある場合は、新刊も既刊の棚にさす。ビジネス書の新刊はジャンル別に並べる。どうやったらお客さんが探しやすいのか、試行錯誤をかさねた結果、たどり着いた並べ方だ。
 2階には、知識の泉といった風情の小部屋がある。岩波文庫、講談社学術文庫、各社の新書シリーズが中央に、壁際には歴史、宗教と、みすず書房の本。
 

 
「あそこにあるのは、硬いイメージの本ですね。衝動買いの対象ではないと思うので、2階にも上がってほしいという期待もあります。かといって敷居を高くしているわけではなくて、若い人たちに向けて知識の深掘りができるようなラインナップを揃えていきたいんです」。
 
 1階のレジ横には、舞城王太郎、津村節子、宮下奈都、水上勉といった郷土の作家の棚がある。地元の出版物や、福井の文化や風土をあつかった本も並ぶ。
 
「置いてある本が地元のもの、というよりは、いかにも福井の本屋さんだなという雰囲気を大事にしたいと思っています。地元出身の作家さんは、もちろん特別扱いしたい。郷土棚はまだ完成していなくて、もっと濃厚なコーナーを目指しています」。
 
 勝木書店本店のむかいのビルには、全国チェーンの書店がテナントとして入っているのだが、やはりここは地元生まれの書店として郷土色を濃くしていきたいところだ。
 
 棚には、つくった書店員さんの思いが詰まっている。入荷してきた本を並べるのは人間で、何かしらの意図が反映されて、本はそこに並んでいる。本屋さんに来て、ただぼんやりと棚を眺めるだけでも心躍る体験だが、並べた人の意図に思いを馳せるとより刺激的だ。
 
 海東さんが目指しているのは、どんな本屋さんなのか。
 
「本を売るのが仕事なので、結果的に本が売れないとだめなんですが、なによりもこの仕事をやってて楽しいのは、おすすめした本を喜んでもらえたり、こちらが読んでおもしろかった本に対して似たような感情を抱いてもらうことなんですね。一方で、お客さんから揃えておいたほうがいい本とか、話題の本とかを教えてもらうことも多いです。
 店だけがひとり歩きするんじゃなくて、お客さんと情報をやりとりできる付き合いができるといいなと思っています。二の宮店で百科事典が売れていた頃ほど単純ではないことは、わかっているんですけど、やっぱりお客さんとの関係を深めていきたい。ポップがあまりに力作だったから買ってみたけど、おもしろかったよ。次のおすすめは何? とお客さんから聞かれたり、何かおすすめの本あったら仕入れてポップ書きますよ、とこちらからも提案したり。そうした関係が成り立つと思うんです」。
  

 
 この思いから、書店のお客さん、ひいては読者の人たちとの交流の場として、「福井駅前読書倶楽部」を昨年9月に発足させた。おもしろかった本を紹介しあったり、情報交換の場として続けていく予定だ。
 一方で、駅前再開発の問題は未だ不透明である。
 
「現在の建物は、かなり古くて老朽化がすすんでいますから、いずれ立て直さなくてはならないんです。問題は、次の新しい物件に入居できるかどうか。そのためには、相当な売上げがないと難しいでしょう。
 僕個人の思いとしては、福井駅前に地元の書店を残したい。近い将来、北陸新幹線が福井まで開通して県外からの観光客がいらっしゃるとして、降り立った駅前に福井らしさを体現する地元生まれの本屋がないというのは、文化都市とはいえないです」。
 
 本は、それがないと生きていけないというものではない。だが本がない生活は、草木も生えず乾ききった荒野である。できれば自分の故郷は、いつまでも実り豊かな肥沃な地であってほしい。

屋敷直子 Naoko Yashiki

1971年福井県生まれ。2005年よりライター。 著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。