第7回 時代が変わる、売り方も変わる 〜海東正晴さんの話(2)

人と人とのつながりで本が売れていた80年代を過ぎ90年代に入っても、売上げが目に見えて落ちるということはなかった。書店にとって福井はありがたい県なんです、と海東さんは話す。

「小・中・高校では、朝礼の前に15分〜30分、本を読む時間があるんです。『朝の読書』(あさどく)といって、基本的には何の本を読んでもいいんですが、課題図書もあって書店で売られていたり、書店が学校に納品したりしています。全国的にやっているみたいですけど、福井県はけっこうさかんですね。幼いころから本を読む習慣が身につきますし、そのおかげで読書の土壌がつくられているのかもしれません」

調べてみると「朝の読書」は1988年に千葉県の高校で始まった取り組みで、そののち全国に広まっていったようだ。「朝の読書推進協議会」の調べでは、福井県の小中高での実施率は91%とあり(2019年1月調査)、全国トップの数字だ(全国平均は76%)。
海東さんの話を聞いて初めて知った取り組みで、自分には経験がないが、子どものころに、毎日決まった時間に本を読む(たとえ「本を手にとる」だけであったとしても)時間をつくることは、大事なことと思う。少なくとも、読書に対して身構えることはなくなるような気がする。そうした土壌が、勝木書店や福井の他の書店を支えているのかもしれない。

海東さんが二の宮店で働いていた時期は、ほぼ90年代、自身が30代のときだった。何もしなくても百科事典のような高額商品が売れていた時期を経て、店内の売場づくりに力を注ぐようになる。

「かつて、東京の池袋・西武百貨店の上に西武ブックセンターという書店がありました。のちのリブロの前身です。そこの本の並べ方は、売れている本をうずたかく積んでいたんですね。これはカルチャーショックでした。売れる本は、これだけ大量に積んであっても売り切ることができるんだなって。図書館とは明らかに違う光景だし、大きなポップや看板も置いてある。自分の店との落差をなんとかしたいと思いました。
そこで、二の宮店の平台に真似をして積みました。倒れるかというくらい大量に。福井の人たちにとっても珍しかったのか、それらの本は売れたんですよね。講談社のブルーバックスシリーズの元素図鑑は、新刊ではなかったですが300冊くらい売りました。いちばん売れたのは、『磯野家の謎』(92年・飛鳥新社)です。うちの店舗だけで700冊を一度に仕入れようとして版元に驚かれ、でも入れてくれて、最終的には1200冊くらいを売りました。
このときは、たくさん積むことが仕掛けだったんですよね。僕の流儀ではなくて、東京の流儀を取り入れただけですけど」

二の宮店では、何か仕掛けをすればすぐに結果が出た。本店に勝ちたい一心で、売れるであろう本を探し、小さな出版社にも目を配り、一生懸命だった。だが一方で、自分の職業に疑問を感じる時期もあった。同じ年代が年収一千万円を超えたと聞けば、やはり心穏やかではない。30代のころは、お金をたくさん稼ぐ人がえらいと思っていた部分があって、人を羨む気持ちが強かった。だが年を経て、書店員の仕事を続けてきた末にたどり着いた境地がある。

「あきらめもありますよ。仕事にとられる時間がすごく長いし、お金が稼げるわけでもない。でも、いろいろな人を相手にして、毎日あたらしい書物に触れるから好奇心は衰えない。本というひとつのジャンルで、これほどたくさん種類がある商品って、そうはないんじゃないかと思うんです。
書店員は全国にたくさんいますけど、それぞれ勧める本は違うはずだし、勧め方も違う。そう考えただけで楽しいでしょう? 自分がおすすめした本が売れれば最高に幸せだけど、一方で、アメンボだけの図鑑とか、クラゲだけの図鑑とか、想像もつかない本をお客さんがレジに持ってこられると、そのすごく細分化された世界を知れて人生の新たな発見だなって思う。毎日毎日が違うことを実感できる仕事なんです」

海東さんは30代の終わりに二の宮店を離れ、本部の本の仕入れを担当する部署に異動になった。商品や店の管理、人事といった仕事にくわえて、社員の相談相手になったりもした。その後、金沢の支店にいき、現在の本店に戻ってきたのが、2018年6月のことだ。
その間、出版業界では本が売れなくなり、その荒波にさらわれて日本各地の書店が姿を消した。久しぶりに戻ってきた本店は、駅前の大規模な再開発に取り込まれて閉店の危機にさらされている。本を売る現場は、20年前とは桁違いに厳しい状況に陥っていた。

「以前と違って、たくさん積んでも売れないものは売れない。それどころか、まず書店に足を運んでもらわないといけない。日々、何かをしていかないと現状維持すら難しいです。
いま、だいじなのは一冊一冊をていねいに売ることかなと思い始めています。自分が最後まで読みこんだもので、ほんとうによかったという気持ちをポップに書いたり、お客さんとの会話で伝えたりしたい。人が本を読もうとするきっかけは、いろいろありますよね。だから店ではいろいろな面を出して、入口を開けておきたいんです。十人十色というくらいだから、せめて十くらいの口は開けておきたい。そのきっかけのひとつが、作家さんたちのサインだったわけですけど」

再開発の話が出ている本店に戻ってきて、海東さんがまず思ったのは、店をなんとか盛り上げたいということだった。店の存続が不透明であるとしても、自分なりに力を尽くした形をつくりたい。手始めにツイッターのアカウントをつくって情報発信をはじめ、作家さんたちへ向けてサイン色紙を送ってくれるようにお願いした。

「売場を変えたいという気持ちからでした。ある程度、炎上や批判は覚悟の上で、ほんとうにサインを送ってくれる作家さんがいたらありがたいなと思っていたら、二週間くらいで60人ほどが集まり、いまは150枚を越えました(2019年1月時点)。
お客さんの数や売上げが増えたわけではないんですが、店に見に来てくれて写真撮ってもいいですかという方は、ずいぶんいらっしゃいました。来てくださるのは地元の方なので、反響はあったと思っています。
一方で、なんて偉そうな本屋なんだ、あやまれ、といったメールもいただきました。こちらから返信もしましたけど、絶対服従しか認めないんですね……」

取材時には、サイン色紙は階段の壁や3階の売場に、作家さんたちの名前と共に貼られていた。小説家、漫画家、イラストレーターと業種もさまざま、色紙の大きさもさまざま。福井の思い出や、駅前書店に対する思いなどが書かれている色紙もあって、それぞれが店への手紙であり応援歌のようだった。ツイッターでお願いしたことや、もっとやりようがあるだろうという批判の声もわかる。だが、そうしたもやもやとした感情をすっ飛ばした先に、誰も見たことがない光景が広がっている。

「ほんとうに、ありがたいです。今後、色紙が増えていっても1枚1枚を忘れてはいけないし、ていねいに飾ろうと思う。いろいろな思いがあって送ってくれて、一種の特別な関係になれたので、これからすこしでも作家さんたちの力になれるようにしたいです」

屋敷直子 Naoko Yashiki

1971年福井県生まれ。2005年よりライター。 著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。