第57回 詩人・西尾勝彦を推す〜後藤聖子さんの話(8)

 

 

 後藤聖子さんが詩を語るとき、必ず登場する詩人がいる。西尾勝彦さんだ。

 

「情景や心情的なものを描いているにもかかわらず、冷静で、わかりやすいようで、よく読むとわからない。深く読もうとすると、いったい何のことを言っているんだろうって思うんです。でも、ふだん見過ごしてしまっている、生きるに必要な景色や世界をじっくりと眺められるように、詩のことばに変換して可視化してくれている。こんなふうに世界と向き合える人が現代にいる、しかも自分と同年代で、という衝撃がありました。西尾さんの詩を美しいと感じた自分も、捨てたもんじゃないと思えたんです」

 

 西尾さんを知ったのは、早稲田のブックカフェで開かれた詩をあつかう古書店の古本市だった。そこに参加していた大阪の『葉ね文庫』の店主からすすめられて手に取り、ぜひとも『七月堂古書部』でも売りたいと思い、西尾さんとのやり取りが始まった。2016年のことだ。

 

「西尾さんの言葉を広めたいと思ったのは、わたし自身が救われたからなんですね。自分はろくでもないんじゃないかとか、また失敗したなとか、落ち込む要素は山ほどあるなかで、西尾さんの詩と向き合ったときに、これを美しいと思える自分でよかった、その気持ちがまだ残っていたっていう安堵感があったんです。だからわたしのように読んだら、同じように救われた気持ちになる人がいるかもしれない。それから新刊を仕入れ始めました。西尾さんの本がなければ、新刊を仕入れるという発想にいたらなかったかもしれないですし、本屋としての幅もこんなに広がらなかったと思っています」

 

 その後、西尾さんとは1週間に2〜3往復のメールのやり取りが続いた。話が尽きなかったのだ。その年の夏、後藤さんは関西に営業に行ったさい、奈良在住の西尾さんと会うことになる。

 

「ご挨拶したいとお願いして、近鉄奈良駅で待ち合わせました。ひととおり周辺を案内していただいて、二月堂の裏でお煎餅食べながら話していたら日が暮れてしまって。営業する予定だった書店さんがあったんですけどね」

 

 このとき後藤さんとしては、西尾さんの著作を仕入れているし、メールのやり取りもしているのでご挨拶したい、という思惑だったが、じつはちょっとした行き違いがあった。

 

「西尾さんは、詩の出版社の人がわざわざ会いに来てくれたと受け取ってくださったみたいなんですね。それで2ヶ月後くらいに、在庫切れになっている著作5冊を収録した合本を、七月堂から出版してもらえませんかというメールが届いたんです。うちはお金ないし、自社企画なんて10年に一度くらいなんですけど、これは絶対に断らないで! って母に言いました。絶対に売れるからって。そのときは、もう嬉しくて店舗の中を駆け回りました」

 

 そして出版されたのが、詩集『歩きながらはじまること』。のちに、暮らし方の実用書ともいえる『のほほんと暮らす』も企画・出版した。この2冊は着実に売れ続け、七月堂を支えている。

 

「西尾さんの詩を推すということに関しては自信があります。営業活動というよりは、布教活動かもしれません。絶対に売っていくんだって思っているので、積極的に企画できる。今でも1週間に1回はメールのやり取りが続いていて、雑談や、お客さんからの声などの報告が基本です。相談もします。いつもだいたい励ましてくださるので、できるような気がしてくるんですよね。もうほとんど七月堂のメンバーです」

 

 後藤さんにとっては、西尾さんの言葉を届けることが仕事の一環であり、生きがいなのだ。

 

「どうせなら遠慮しないほうが清々しいだろうと、開き直っているところがありまして。そのほうが、あいつそういう宗教入ってんだなって、あきらめてもらえるんじゃないかと。西尾さんを推す、ということを隠さないでおこうと思って、いろいろなところで話したり、書いたりしているんです」

 

 2023年10月に発行した詩集『場末にて』は、手になじむ造本で、いつも傍らに置いておきたい1冊だ。とくに表題作である「場末にて」は、何度読んでも違う味わいがあり、心が開けていく。目次の前にこの表題作が置かれていることも、編集者である後藤さんの並々ならぬ思いを感じる。

 

「詩を並べる順は任されたんです。だから悩みに悩みました。表題作の『場末にて』はあまりにもインパクトがある詩だし、この詩があればもう一生生きていけるくらい、わたしには刺さりました。順番としては最後でも中盤でもありなんだろうけど、冒頭にもってくることで、この本は場末に生きる人びとのための本なんだ! って提示してしまっていいんじゃないかと思ったんです。最初に表題作があるからといって、西尾さんの詩は最後まで絶対に読んでもらえる。いちばん最初に結論が映し出される映画があるじゃないですか。最後まで観てそういうことだったのかと思って最初に戻る、という。そういう流れにしたいと思ったんです」

 

 詩をよむとき、どうしても「わかりたい」という気持ちがある。でももちろん、わからなくもいい。

 

「結論がある物語とは違いますよね。わからなさを楽しむというのは、ちょっと独特なんだろうなと思うし、浅く読むことも深く読むこともできる。読み込み方で、色が変わるくらいまったく違うものが見えてくるから、詩はおもしろいなと思います」

屋敷直子 Naoko Yashiki

1971年福井県生まれ。2005年よりライター。 著書に『東京こだわりブックショップ地図』(交通新聞社)など。