『小さなユリと』と『いちべついらい』のその後

2015年7月3日

『小さなユリと』と『いちべついらい』のその後
5月と6月に刊行しました、詩にかかわる2冊の本。
(『小さなユリと』は発売が6月にずれこみました。申し訳ありません)
おかげさまで、好評です。
この2冊は、決して、派手な作品ではありません。
どちらかというと、地味で、言葉にしにくい余韻の残る本です。
書評家の岡崎武志さんは、ブログにて、下記のように評してくださいました。
ぼくもまた、幼い娘とじつによく、手をつないで歩いたものだ。ときに歌をうたいながら。
小学校へ上がる頃か、ある日、いつものように手をつなごうとすると、習慣で娘が手を伸ばし、
ハッとするように、ふりはらった時のことを覚えている。
夢に出てくる娘は、いつも、手をつないでいた頃の娘だ。
この詩集をカバンに入れて持ち歩けば、その日、多少イヤなことがあっても、くぐり抜けられるだろう。
「なぜなら、私のカバンには、いま『小さなユリと』が入っているんだから、どっからでもかかってきなさい」
と言えるだろう。

http://d.hatena.ne.jp/okatake/20150531
(『小さなユリと』)
何気ない描写が、張りつめて、行き届いた文章で、詩を読んでいるようだ。
http://d.hatena.ne.jp/okatake/20150604
(『いちべついらい』)
こういうふうに読んでくださっているのを見るたびに、勇気が湧いてきます。
果敢に仕事をしなければ、と思います。
6月17日の朝日新聞では、三省堂書店神保町本店の大塚さんが
『いちべついらい』について、
感情を交えず、ただただ見つめて描くような文章であることが、
かえって和子さんの存在感を際立たせ、人ひとりの重さを
背負ったような気持ちになった本です。

と語ってくださいました。
また今週号の『週刊新潮』では、作家の大竹昭子さんが
非力であることの悲しさを詩は黙って受け止めている。
それを美しいと感じ、読んでいる自分がここにいるという安堵感。
一日の終わりにこれほどの慰めはないだろう。

と『小さなユリと』を評してくださいました。
どちらとも、すぐに何かに効くという実用的な本ではありません。
でも、ほんの少し、人生を支えてくれる本だと思っています。
お近くの本屋さんで、手にとっていただけたら、うれしいです。