『私の小さな日本文学』

2025年5月14日

  

2025年4月25日に、『私の小さな日本文学』という本を
刊行いたしました。
日本近代文学のアンソロジーです。

撰者は、ソウルで「夜明けの猫」という出版社をひとりで営み、
「セゴ書林」という書店をも営む、チェ・スミンさん。
彼女とは数年前に、高松の古書店で偶然出会い、それから、
毎年岡山市で開催されている「おかやま文芸小学校」で偶然、
再会しました。

「おかやま文芸小学校」は毎年、全国からたくさんの書店、出版社が
集まって、読者に直接販売する、本のお祭りのようなものです。
忘れもしません、2年前、チェ・スミンさんが立つブースに立ち寄り、
彼女が販売している制作物を見に行ったときのことです。
そのテーブルに並んでいるのは、当たり前かもしれませんが、
すべてハングルで表記されているものばかり。

「これはなんですか?」

オレンジ色の薄い冊子を手にとり、彼女に尋ねると、

「芥川龍之介の『蜜柑』です」

といいます。

「ご自身で日本語からハングルに訳されたのですか?」

と質問を重ねると、「そうです」と彼女はこたえます。

「これは?」

と聞くと、

「豊島与志雄の『春の幻』です」

とこたえます。

「これは?」

「牧野信一の『初夏』です」

「これは?」

「田中貢太郎の『花の咲く比(ころ)』です」

 

ぼくはほんとうに驚いてしまいました。
彼女がハングルに翻訳し、現地で販売しているのは、
芥川の『蜜柑』のような例外こそあるものの、そのほとんどが、
日本人ですらちゃんと読んだことのないマイナーな
掌編ばかりだったからです。

「韓国で売れるんですか?」

失礼ながら、ぼくはチェ・スミンさんにそんなことも
聞いてしまいました。

「ちゃんと売れてますよ」

彼女は微笑みました。

 

それから2年の月日が流れ、『私の小さな日本文学』が
完成しました。
収録しているのは16の掌編で、その作品の冒頭には、
チェ・スミンさんからの問いかけが印刷されています。

信頼している誠光社の店主堀部さんの言葉を借りれば、
「いずれも10ページ程度の掌編に、編者の一言が添えられることで、
読者もある種の「海外文学」として、これらの掌編に出会うことができるはずです。」
そんなアンソロジーです。

編集をしていて、何度読んでも感動してしまったのは、
芥川龍之介の「蜜柑」で、これは日本の文学のなかでも
いちばんの作品なのでは、と思ってしまいました。
でもいちばんの読みどころは、間違いなく、チェ・スミンさんが
日本語で書き下ろした1万字のあとがきで、ここには、
文学を学ぶことに意味があるのか? という問いにたいする
ひとつの回答が明確に描かれているように思います。

 

『私の小さな日本文学』
編者:チェ・スミン
装丁;櫻井久、鈴木香代子(櫻井事務所)
装画:恩地孝四郎
価格:1600円+税
版型:文庫判/ハードカバー
頁数:208頁
ISBN 978-4-904816-47-9 C0093